欧州の想い出 「巡る」 -Day 3-
『ノッティングヒルの恋人』とは、1999年に公開されたイギリス映画である。
ノッティングヒルで本屋を営むウィリアムという男性と、そこに偶然訪れたアナというハリウッド女優との恋愛を描いたラブ・ストーリーだ。
そもそも僕はあまり映画を観ない上に、恋愛映画なんてなおさら観ないのだが、ノッティングヒルという地名に聞き覚えがあるのはこの映画がそれだけ人気を博したということだろうか。
ロンドンではCitymapperという便利なアプリがあり、目的地と時間を入力すれば、鉄道もロンドンバスも自由自在に調べることができる。
それを活用してホテル前のバス停から憧れのロンドンバスへ乗車し、ノッティングヒルを目指す。
ロンドンバスといえば2階建てであり、子供心を忘れない我々は当然2階へ。
しかしながらと言うか、少し考えれば当たり前なのだが、2階は予想以上に揺れが大きい。
見晴らしは良いものの決して快適ではないので、大人になると1階に乗るようになるのだろうか。
30分ほどでノッティングヒルに到着。
ノッティングヒルはバス停から降りて少し歩くだけで感じられるほどのロンドンの高級住宅地である。
とはいえ、昔ながらの住宅街に思い思いのデザインで高い塀のドデカイ注文住宅が乱立しているのではなく、もちろん大きなタワマンが乱立してドデカイ商業施設があるわけでもなく、見ての通り統一されており、一目見てとても美しく静かな風景が広がっている。
下の写真中央の建物は、邸宅を改築してつくられたPaul Smithの本店である。
特に買うあてがあるわけでもなく、100%冷やかしになるのは目に見えたので写真を撮ってスルー。
さて、冒頭の『ノッティングヒルの恋人』の話であるが、私は当然知らなかったため友人にロケ地を案内してもらった。
それが主人公ウィリアムの自宅と、営む書店である。
青い扉が特徴的な邸宅だが、映画の影響であまりにも訪れる人が多くなり、この建物の持ち主が嫌になり、元の青い扉はオークションで売っぱらってしまったらしい。
その後は観光客が来ないよう、しばらく扉は白く塗りつぶされていたそうなのだが、今はご覧の通りレプリカの青い扉になっている。
大挙して押し寄せるミーハーな観光客が嫌われるのは、どこの国でも同じようだ。
書店については、実際に書店として営業している。
友人に連れられ中を覗くも、とても雰囲気の良い田舎の小さな書店ではあるが、映画を観ていない私が感じるものは友人のそれとは全く異なっていただろう。
続いてノッティングヒルの街を歩いてみる。
ノッティングヒルは日曜日以外は「ポートベロー・マーケット」という、いわゆるイギリスのフリーマーケットみたいなものが開かれている。
店は各国の食事を提供する屋台から古着、そして1番はアンティークグッズだろう。
良いものを長く使う欧州の文化らしく、年代物の銀食器をメインに、雑貨類が並べられている。
食器といえば英国にはWEDGWOODやSPODEをはじめ、歴史あるブランドがいくつもあるが、アンティークとなると素人が手を出すのはなかなかの難易度である。
こういうのは目利き力を求められるわけだが、それ以前にセンスも必要である。
イギリスの地で見て美しいと感じた銀食器が、日本の食卓で明らかに浮いた存在になるのは火を見るよりも明らかである。それに、銀食器は常に磨かないと途端にその輝きを失ってしまう。銀食器の手入れに時間と金をかけられる(家事使用人がいる)ということが、イギリスの上流階級としての富の象徴である。
日本に生まれ育ち、客人を招くことも銀食器を磨く使用人を雇うほどの富も無い庶民である私には縁のない美しいシルバーのカトラリーたちは、ここで見るだけにとどめておいた。
旅の間は気分と勢いで買い物をするのはありがちな体験談だが、案外冷静なのだ。
ここからは再びロンドン中心部へと戻り、バッキンガム宮殿へと向かった。
大勢の人が向かう方向から歩いてくるのでなにかと思いきや、ちょうど衛兵交代式が終わったところのようだった。
この時期は奇数日に行われており、4月から7月までは毎日行われている。見学も無料とのこと。
ということもあってか、かなりの見学者がいるため、まともに見るためには結構早めに行って場所取りする必要があるくらいのようだ。
“祭りの後の静けさ”とは程遠いものの、良い雰囲気である。
バッキンガム宮殿からは徒歩でメイフェアへと繰り出す。
St James’s St.にはそれはそれは名店が建ち並んでいる。
「James Lock & Co.」と言えば、言わずと知れた世界最古の帽子メーカーである。
英国紳士といえばハットを被った姿を安易に想像しがちであるが、Lock & Co.はまさに”その帽子”である。
最近では映画『キングスマン』でも取り上げられていたので、日本でも知っている人が多いことだろう。
続いては靴の王様こと「John Lobb」だ。
John Lobbも日本国内でも取り扱いがあるため、名の知れたブランドだろう。
1849年の創業以来、紳士靴の王様として君臨し続けている。
しかしながら、日本国内含め世界で流通している「John Lobb」はエルメス傘下の既製靴をメインとしたブランド「John Lobb SAS」という別物なのだ。
そして本家王道の英国流ビスポークを貫く「John Lobb Ltd.」は、セントジェームス通りのこの1店舗のみである。つまり、語弊のある言い方をすれば、1849年創業の”ホンモノのJohn Lobb”が欲しければ、ここで採寸してもらい、正真正銘世界に1足の自分専用の靴が生まれるのだ。
既製靴のJohn Lobbですら庶民には手の届かない最高級靴であるが、ここでオーダーするというのは、英国好きには夢のような痺れる体験であることは想像に難くない…。
続いてJermyn St.に入る。
Jermyn St.と言えば、シャツ好きには堪らないまさにビスポークシャツの聖地だ。
そして視界に入るのは「Turnbull & Asser」である。
1885年に創業のTurnbull & Asserも、歴史あるビスポークシャツの王道メーカーである。
ここの店舗は1903年から構えているそうで、いかにも歴史を感じさせる雰囲気に圧倒される。
Turnbull & Asserも既製品ではあるものの、日本でも購入することの出来るシャツブランドだ。もっとも、相応の価格はするのだが。
『007』でジェームズ・ボンドが着ていることで有名で、その美しいシルエットとエレガントな佇まい、そしてボンドが激しい戦闘の後にダブルカフスの袖口を整える仕草は誰もが憧れる格好良さなのだが、それはダニエル・クレイグが着ているためであり、冷静になって身の程をわきまえるというものである…(泣)
それはともかく、Jermyn St.には他にも歴史あるビスポークシャツ店が多く建ち並んでおり、それはそれは素晴らしい光景なのだ。
いつかはここでシャツの1枚くらいオーダー出来る人間になりたいものである。
そしていよいよSavile Rowへ足を踏み入れる。
Savile Row(サヴィル・ロウ)はビスポークを専門とする名門テーラーが建ち並ぶ通りである。
よく日本語の背広(せびろ)は”サヴィル・ロウ”が語源だと言われていたりする場所だ。
その真偽の程は知らないが、ここは単なる高級ブランドショップ街とは全く異なり、小さく控えめでありながら雰囲気抜群のいかにもな洋服店が軒を連ねている。
生涯の中でここと縁を持つことはごく一部の選ばれし人であるが、学生のうちに来ることが出来ただけでも感涙モノである。
その後はSavile Rowを抜け、「Masons Arms」というパブに流れ込んだ。
“a pint”のビールと、お決まりの”Fish & Chips”を観光客らしく決め込む。
ビールはもちろん、Fish & Chipsも普通に美味である。
それにしても、イギリスのパブは昼間から賑わっているし、中には仕事中のような人もいるのは日本と明確な文化の違いを感じる。
そして何より、日本のいわゆる”居酒屋”と異なり、イギリスのパブは2007年から完全禁煙が徹底されており、店内が全くタバコ臭くないのだ。これは本当に素晴らしい。
私は日本の居酒屋はあらゆる点で大嫌いなのだが、異国であるということを加味しても英国のパブは快適で居心地が良く、素晴らしい文化であると感じた。
その後もメイフェアエリアをぶらぶら歩く。
最終的にはニューボンドストリートの「Smythson」にて、父親から依頼されていた財布を購入した。
Smythsonは1887年創業の革小物を製作しているメーカーで、ロゴに「Smythson of Bond Street」とあるように、この地で創業したとのことだ。
Smythsonも日本で手に入るブランドではあるのだが、恐らく知名度はそこまで高くないだろう。日本で購入すると相応の価格はするのだが、英国で買うと格段に安い。
VAT返金の手続き含め、とても丁寧に対応してくれて大満足の買い物となった。
そんなこんなで1日を終え、Waterloo駅に戻る。
メイフェアエリアからは初のロンドンタクシー TX5に乗ることに。
適当に止めたタクシーだったのだが、どうやら特別仕様(?)なのか、内装が総革張りの超豪華仕様であった。
TX5は車内は広く乗り心地や静粛性も優れており、価格もそれなりであるがさすがの完成度であった。
明日は英国を離れ、移動の1日となる。
そんな日の夕食は・・・
「Yo! Sushi」である。
英国に来てからやたらと見かけるこの寿司屋、日本人としても無視するわけにはいかず、興味本位でついに訪れることにした。
メニューとしては想像通りの”海外の寿司屋”といった具合で、握り寿司というより巻物がメイン。
ひとまず握り寿司を頼んで食べてみるものの、案外美味しい。
特にサーモンに関しては産地が近いこともあるのか、ネタも上質である。他はまぁ、想像通りだ。
少なくとも、日本のスーパーマーケットで購入する寿司のレベルには到達している。まあ、異国の地なので価格は倍以上だが…。
この価格の寿司だけで腹を満たそうとすると結構な金額になるので、オススメされたカレーラーメンを頼んだ。
麺がどストレート麺で全く汁に絡まないのはさておき、味はかなりスパイスが効いていて辛いのが得意ではない私には少しキツかったが、味自体は悪くなかった。
こうして、ロンドンで過ごす日々を終えた。
次はドイツである。
どんなことが待っているのだろうか…
(続く)